パーセルはロンデールの北に位置する都市だ。
マグザとは逆に寒冷な気候で生息する魔物達も厚い毛皮に覆われたものが多い。 そして当然ながら夜は一層寒くなる。「ちょっと認識が甘かったなぁ。こんなに急に寒くなるなんて」
「本当ですね。ギルドで少し聞いてはいましたけど、ここまでとは思いませんでした」 「今のうちにもうちょっと薪を集めておいたほうが良さそうだな。ちょっと探してくるよ」 「それなら私も一緒に行きます。もう周囲も暗いですし何かあると危険ですから」ということで、カサネさんと二人で近くの林に薪を探しに向かう。
ロシェは薪拾いには不向きなのでお留守番だ。ライトの魔法で周囲を照らしながら薪を拾っていると、突然索敵スキルに反応があった。その反応は俺に向けてまっすぐ近づいてきている。
俺は急いで振り返り反応の方に向けて魔銃を構えた。すると盗賊と思われるような格好で顔も隠した人間がこちらに向けて投げナイフを投擲しようとした。「ちっ!」
盗賊が舌打ちをしてそのままナイフを投擲してきた。俺も一発発砲しつつ後方に飛び退く。魔弾はちょうどナイフと衝突してナイフを弾き飛ばした。
「あの距離で気づくとはな。商人と思って油断した」
「いきなり何なんだ。何が目的だ?」 「ふん。お前が知る必要はない。我らのために大人しく死んで貰おう」(いきなり死んでくれって問答無用かよ!?)
どうやらここから少し離れたところでも戦闘が発生しているようだ。
カサネさんのことも気になった俺はさっさと札を切ることにした。 ちりんちりんと場の雰囲気に相応しくない軽やかな鈴の音が響き渡る。「なんだ?助けを呼ぶつもりなら無駄・・・何!?」
盗賊が驚いて見た先に黒い人影が現れる。
「あいつを倒せ」
盗賊を指して指示を出して、俺は別方向から盗賊に攻撃を仕掛けた。
迫るゴブリンロードの影と俺の魔獣による射撃に挟まれた盗賊は、戦況不利と判断してかあっさりと身を翻すとそのまま森の中に消えて行った。「アキツグさん、平気で
フォレストサイドに着いたところで、俺達は1つミスに気づいた。「そういえば、ヤミネラさんがどこに住んでいるか聞き忘れたな・・・」 「ですね。でも、突然のことでしたし仕方ないと思います」ハクシンさんもあの時は急いでいたようだし、そこまでは気が回らなかったのだろう。とはいえ、どうしようか。「とりあえず冒険者ギルドで聞いてみませんか?ハクシンさんの知り合いならもしかしたら冒険者かもしれませんし、そうでなくても依頼などできている可能性もあるかもしれませんから」 「なるほど。確かにそうだな。まぁ、ダメだった時は街の人に聞いてみれば誰かしら知っている人も居るだろうし、とりあえずそうしようか」というわけで、まずは冒険者ギルドで聞き込みをしてみることにした。「ヤミネラさんですか?彼女なら街の東で鍛冶屋を営んでいますよ」受付で聞いてみると、目的の人物についてはあっさりと回答が帰ってきた。 結構有名な人の様で、ギルドにも時々素材採取の依頼を出しているようだ。 早速教えられた場所に向かうとそこには『ヤミネラ武具店・属性付与やってます』の看板が掛けられていた。「ここですね。ただの鍛冶師じゃなくて付与師でもあるんですか。どおりで有名なわけですね」 「属性付与って何なんだ?」 「武器や防具に特定の属性を付与して一部の敵と有効に戦えるようにするんですよ。分かり易いのは光属性を付与してアンデット系の弱点を突くとかですね。当然逆相性の場合は不利になるので、別の武器を用意するとか対策が必要です。ただ、ダンジョンなどで特定の相手だけを狩る場合はその必要もありませんから極めて有効な手段になりますね」なるほど。俺が魔銃の弾にライトニングの魔法を込めるようなものか。その効果が永続するなら確かに有用だろうな。 カサネさんからそんな解説を聞きながら店の扉を開けると、奥のカウンターから「いらっしゃい」と女性の声が聞こえてきた。ざっと見た限り店内に他の客は居なさそうだ。「すみません。俺はアキツグといいます。あなたがヤミネラさんですか?」 「?あぁ、そうだけど?」念の為確認したが
日が暮れて野営の準備を始めた頃に、姿隠を解いたロシェが帰ってきた。「お帰りロシェ」 「お帰りなさい」 『ただいま。軽く周辺の様子も見てきたけど、向こうの大陸と比べると魔物の数が少し多いみたいね。よほど集まらない限りは苦戦することはないと思うけれど、一応気をつけておいたほうが良いわ』散歩ついでに偵察もしてきてくれたらしい。 確かにレインディア大陸に比べると魔物との遭遇頻度は多かった気がする。 あまりそんな気がしなかったのはハクシンさんの活躍があったからだろう。 見たことはなかったがあのような人を達人というのかもしれない。「お?帰ってきたのかい。ほんとに賢い子なんだな。少しの間だがよろしくな」 『よろしくお願いするわ』考えていると当人もやってきてロシェにも丁寧にあいさつしていた。「前回は紹介していませんでしたね。この子はロシェッテです」 「ロシェッテか、気品のある雰囲気にピッタリの良い名前だな」 『あら、ありがとう。少し褒め過ぎだと思うけれど』 「食事、用意できましたよ。ハクシンさんもどうぞ」 「ありがたいねぇ。一人旅の時は簡単なもので済ましちまうからな」そういってハクシンさんは夕食を美味しそうに平らげた。 翌日も魔物との遭遇はあったが大きな問題もなく、二日後の昼頃にはフォレストサイドの街が見えてきた。隣には街がおまけに見えるような大森林も見える。「お~見えてきたな。何度見てもあの森のデカさは壮観だなぁ」 「なんか高いところだと街の建物の十倍くらいの高さがあるように見えるんですけど、森の中心は丘の様になってるんですか?」 「いいや、あの森は多少の段差はあるが平地だ。あの森の木は成長が早くてな。街に近い木々は木材として伐採されるんだが、奥の方はそのままだからかすごい大樹になってんだ。一度近くで見てみると良い。自然の凄さってやつを感じられると思うぜ」マジか。あの高さの木があるなんて信じられないんだが。本当なのであれば是非見てみたいな。とはいえ聞いた話だと、あの森は結構危険そうなんだよなぁ。「あそこは
ライアン果樹園でのひと時を終えてフォレストサイドへ向かおうとしたところで、俺達に声を掛けてきた人物がいた。「お?あんたもしかしてアキツグさんか?なんだ、あんたもこっちに来てたのか」呼ばれたほうに振り向くと、声を掛けてきたのは以前空腹で倒れかけていたところを助けたハクシンさんだった。「ハクシンさんじゃないですか。お久しぶりです。俺達はこっちの大陸に少し用事があったもので。ハクシンさんこそどうしてこんなところに?」 「ん?あ~俺は気ままな風来坊なんでな。気分次第であっちこっち旅してんだよ。まさか大陸を渡った先でまたあんた達に会うとは思わなかったが。それで、どこまで行く予定なんだ?」 「一応フォレストサイドを通って、バーセルドまで向かう予定ですけど・・・」 「バーセルドってことは天然温泉かい。確かにあれはいいもんだ。実は俺はフォレストサイドの方に用があるんだが、良ければ途中まで乗せてってくんねえか?お代は、そうだな・・・」と言って、ハクシンさんは少し考えて道具袋を開こうとしていたが、対価は前回貰い過ぎなほど貰っている。スペースもあるし載せて行くくらいは構わないだろう。「いえ、お代は前回ので十分過ぎます。カサネさん、構わないかな?」 「えぇ。悪い人には見えませんし、良いと思いますよ」 「お、そうかい?そいつは助かる。正直持ち合わせもそこまでなかったもんでな。それじゃ、しばらく世話になるぜ。よろしく頼む」 「えぇ。よろしくお願いします」 「よろしくお願いします」そんなこんなで急遽旅の道連れにハクシンさんが加わることになった。 果樹園を発ってしばらくした頃、ハクシンさんがふと気づいたように質問を投げてきた。「そういえば、前に見かけた豹みたいな子は居ないのか?」あ~しまったな。そういえば前に会った時は旅の途中だったためロシェは姿を見せていた。二日程度ならロシェに隠れていて貰うか別行動する手もあるが、それも面倒だな。散歩に行かせていたってことで適当に合流すれば誤魔化せるか?「あぁ、果樹園で食事を終えた後に散歩に行ったんですよ。夜前には戻ってくると思います。
クラーケンを撃退後は魔物に襲われることもなく、数日後にはユムリ港に無事辿り着くことができた。ロシェも数日の間に船酔いを克服してしまったらしく、最後は船からの景色を楽しんでした。「ここがユムリ港か。ヒシナリ港と違って釣りをしている人が少ないな。魚介類を販売しているところも見た感じ少ない気がするけど」 「この辺は風と潮の関係で意外と魚が釣れないらしいです。少し北にあるハタノギ村の方は漁業も盛んで釣り人も多いみたいですよ」言われてみるとこの辺は結構風が強い。魚釣りの経験はほとんどないからよく分からないがこの辺は釣りには適していない環境ということか。「南東の方には例のライアン果樹園がありますけど、どうします?果樹園の近くにも宿泊施設はあるので、今日はそちらに案内しようかと思っていましたけど」 「あぁ、それで頼むよ。何となく違いが気になっただけだから。魚料理は船の中で十分味わったしな」 『そうね。あれはあれで美味しかったけれど、折角こちらまで来たんだし果樹園には寄っていきたいわね』 「分かりました。それでは向かいましょうか」意見も一致したところで、ユムリ港を出た俺達はライアン果樹園へ向かった。ライアン果樹園は聞いていた通り、ユムリ港のすぐそばにあった。 広大な面積に様々な木々が生い茂っており、美味しそうな実を付けたものも多々あった。客向けに用意された広場には果物を使った様々な飲食店が並び、その一角に宿泊施設も用意されていた。「流石、人気があるだけあって賑わっているな。時間もちょうどいいし早速何か頼もうか」 「このお店には今日のお勧めっていうのがあって、取れたての果物を調理してくるので、迷ったらそれがお勧めですよ」 「へぇ。そんなのがあるんだ。これだけ人気のある店のお勧めならそうそう外れはなさそうだな。じゃぁ、それと各自で気になったのがあれば適当に頼もう」注文を済ませて、しばらく果樹園を眺めながら雑談していると店員さんが注文した品を持ってきてくれた。並べられた品はどれも瑞々しく華やかで見た目にも美味しそうに見えた。 早速食べてみると、見た目通り味も素晴らしいものだった。「はぁ~こんな
「皆さん落ち着いて下さい。確かに扱える属性が多いのは有利ではありますが、使いこなせなければ宝の持ち腐れです。多いからといって必ずしも強いとは限りません。たとえ属性が一つだったとしても極めることができればそれは立派な武器になります。大切なのは日頃の努力と、戦う相手を冷静に分析し、いかに有利に立ち回れるかです」カサネの話に学生達は一先ずの静まりを見せたが、納得はしていないような表情だ。確かに単純に考えれば自身の手札は多いに越したことはないのだ。私の言葉が詭弁に聞こえても仕方ないだろう。 カサネは少し恥ずかしいが、今までの経験からの持論を語った。「簡単な例を挙げると通常火は水に弱いですが、火を極めれば水を蒸発させることができます。例えば人間の場合は足元や背後が隙になりやすいです。 但し、これらも絶対ではありません。知能が高い生物であれば自分の弱点を把握しそれを克服や対策している者もいるでしょう。そしてそれは自分にも言えることです。自分の不利を嘆くよりも、如何にしてそれを覆すか冷静に分析できる者が本当の強者だと私は思います」それを聞いた学生達の反応は様々だった。納得する者、やはり詭弁だと考えるもの、新しい知見を得たと思う者。あくまでこれは自分の考えであって、この子達がこの話をどう受け取り今後に生かしていくかはこの子たち次第だ。 カサネはそう考えてこの話はこれで締めることにした。「では、他に質問はありますか?」その後も簡単な受け答えをしたあと、質問が途切れたところで場所を移し街の近くで魔物が生息する辺りまでやってきた。 カサネさんが魔法を見せながらどういう場面で有効かを説明し、魔物相手にそれを実践で披露してみせる。学生達も見様見真似でそれを試したりしていた。(呑み込みが早い子が何人か居ますね。やっぱり普段から勉学として体系的に学んでいるのが大きいのでしょうか?)カサネは周囲の助けを借りながらも、ほとんど独学で生きてきた自分との違いを考えていた。カサネがそれでも何とかやって来れたのはスキルによる才能のおかげによる部分が大きいだろう。(やっぱり私が言ってもイマイチ説得力に欠けますよね。。まぁ、その代償
ヒシナリ港に着いた時には日も暮れて来ていたので、その日は宿だけ取って早めに休むことにした。 翌日、乗船料を支払って船に乗り込む。定刻になると船はエストリネア大陸に向けて出航した。「レインディア大陸ともしばらくお別れか・・・最初にこの地に来た時には生きていけるかも怪しかったけど、今になってみればそれも懐かしいな」何しろ戦う術もなくあの時点ではほぼデメリットしかないスキル一つで街道近くに放り出されたのだ。近くにリブネントの村がなければどうなっていたか。「前の世界に比べれば危険が身近にありますからね。私も幸い村が近くにあったのと村の人達が優しかったので助かりました」 「身寄りもなく急にこんな世界に一人で放り出されたら苦労するよな。・・・あれ?そういえば何でこの世界に来ることになったんだっけか?」 「そういえば何ででしょう?この世界に来る前後のことが思い出せません。前にも同じようなことを考えたことがある気がするんですけど、、不思議です」カサネさんも思い出せない様で首を傾げている。何か理由があったような気はするのだが、思い出そうとしてもぽっかりと抜け落ちたように記憶が途切れている。『よく分からないけれど、思い出せないなら気にしても仕方ないんじゃない?それとも二人は今も前の世界に戻りたかったりするの?』ロシェに問われて初めてその選択肢が頭に浮かんできた。 前の世界か。今まで生きていくのに精一杯であまり考える余裕もなかったけど、帰る方法なんてあるのだろうか?正直俺は天涯孤独の身だったし、それほど心残りがあるわけでもなかった。それに何故か分からないが、漠然と前の世界にはもう戻れないと感じている自分が居る。「俺はそうでもないかな。前の世界でも割と長いこと一人だったし」 「私は・・・そうですね。戻りたい気持ちがないと言えば嘘になってしまいます。けれど何故かは分からないんですが、あの世界に私の居場所はもう無い気がしているんです。この世界で生きていくのが私の道なのかなって」 「カサネさんもか。俺も似たような感じがしてるよ。思い出せないけど共通する何かがあったのかもな」 「アキツグさんもですか。そうなのかも